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景 名所石城山 妙楽寺
仏教寺院
店舗紹介
〒812-0037 福岡県福岡市博多区御供所町13−6
基本情報
- 住所
- 〒812-0037 福岡県福岡市博多区御供所町13−6
- 電話
- +81 92-281-4269
- サイト
- https://www.city.fukuoka.lg.jp/hakataku/t-shinko/luw/myorakuji.html
口コミ
★ 5.0
石城山 妙楽寺
臨済宗 大徳寺派のお寺。
正和5年(1316年)の開基とされています。
山号の由来は当時海上からお寺を見るとまるで石城のように見えたことにちなむものだそう。
創建当初は博多湾岸の沖の浜にあり、遣明使一行が宿泊するなど重要な外交施設のひとつでした。
その後戦乱により荒廃しましたが、福岡藩初代藩主 黒田長政の入国後、この地に移転されました。
墓所には黒田家重臣の墓石が立ち並び、博多の
豪商神屋宗湛の墓が残ります。
博多寺社めぐりにて訪れました。
御朱印は書く方がいないとのことで賜ることができませんでしたので、参拝だけさせていただきました。
ういろう伝来の地の碑がありました✨️
★ 4.0
神社仏閣巡りで妙楽寺に立ち寄りました。ライトアップされた境内は幻想的で、昼間とはまったく違う表情を見せてくれます。かなり人が多く、ゆっくり見て回るには少し工夫が必要ですが、それだけ多くの人を惹きつける魅力があるのだと思います。写真で見るよりも実際に訪れたほうがはるかに雰囲気が良く、光と建物の調和がとても美しかったです。
建物の構造上、少しつまずきやすかったので足元には気をつけてあるくほうがいいです。
★ 4.0
臨済宗大徳寺のお寺だそうです。本山は京都紫野大徳寺です。本尊は釈迦如来、脇侍に文殊普賢菩薩を安置しているそうです。当時の開山月堂禅師は大応国師の法嗣です。歴史はまさに博多の妙楽寺という感があります。すなわち武士の帰依に寄って禅宗が大いに振る舞った鎌倉時代に建てられたそうです。元などの外来国とも親交が深かったとのことです。
★ 5.0
千年煌夜の際にはじめて訪問しました。山号の石城山は、当初、元寇防塁のあった海辺(いまの古門戸町あたり)に建てられたことに由来するそうです。当時は元・明・朝鮮との交流も盛んで、使節の宿舎として利用されることもあったそう。
薬の「ういろう」の起源は、元の滅亡によって亡命してきた陳宗敬が伝えた薬「透頂香」で、その官職名の「礼部員外郎」から「ういろう」と呼ばれるようになったと。境内の「ういろう伝来之地」の石碑は、そういった由来で作られたそうです。
戦国時代に焼失してしまったものの、江戸時代の古地図を見ると、いまの古門戸町の横町筋あたりに「妙楽寺通り」と書いてあり、通りにその名前を残していたことが分かります。長政公の入国の際に現在の場所に移転されたそうです。
その後、太平洋戦争の空襲でも焼けてしまったそうで、歴史的に博多の人たちと苦楽を共にしてきたお寺だということでした。
★ 5.0
鎌倉時代後半に創建された臨済宗大徳寺派の禅寺です。当時は商博多の海ぎわの地にあり、外交使節や渡航を控えた日本人の宿泊所としても活躍しました。門前町もあったそうです。
福岡は日本で最初に禅が伝来した地だそうです。この妙楽寺でも座禅体験ができます。